発達障害児の誤学習 コミュニケーション・伝わらない気持ち

スポンサーリンク

次男は本当の気持ちが伝わらない

長男と同じく次男も小学校は特別支援学級からスタートした。不登校も経験したが紆余曲折ののちに通常学級に移った。次男は検査で知的にかなり高い数字をはじき出していたが、コミュニケーションの困難さがとても大きかったと思う。

次男は多数派の人に誤解されることが多かった。ASDの人に多く見られる「言葉に忠実でありたい」という特性が強かった。彼の言葉の選び方には多くの人と違う自分ルールがあった。しかし、彼はそれが自分ルールだと知らなかった。折にふれて説明していたが、次男はなかなかピンとこないようだった。

普通の味だから「べつに」

ある日、「おやつはおいしかった?」と聞いたら「べつに」という返事だった。私は「ああ、美味しくなかったのだな」と思ったのだが、次男はまずかったわけではないと言った。普通の味だったから特に言うことがなかったので「べつに」と返事をしたらしい。

うーん、すごくおいしいと言えないから「べつに」、これって「おいしくなかった」という意味合いになってしまうのではないだろうか。正直なところ、多くの人がどう思うのか私にもよくわからなかったので通級指導教室の先生に相談した。

おいしい・ふつうの味・まずい

通級の先生「なるほど、彼にはおいしいとまずいの間にふつうの味があるのかもしれないですね」と次男はおいしい基準を細かく設定している可能性を指摘してくれた。私は次男ならあり得るなと思った。その時に先生から「ふつうの味に作るのも大変ですよね」と言われた。毎日、当たり前のように料理をしていたらあまり意識しないのだけど、それなりに考えて気をつけないとふつうの味にはならないと思う。きっと、次男はわざわざ教えられないと知らないままになってしまうだろう。

おいしいメーターを図にして視覚化

私は「おいしい」を図にしてみた。とりあえず「ふつう」を0の基準にして+と-を5段階。これは私が勝手に決めたのだけど-1から+3までは「ふつう」、それより上は「すごくおいしい」、-1より下が「おいしくない」にした。

そして次男にとっての「ふつうの味」を「おいしい」と言ってもうそではないことと、ふつうの味に作るのは大変なことだなのだと書いた。

では、おいしくない時はどうするか?次男は、おいしくないのだから「おいしくない」で良いと考えているかもしれない。それで相手が不機嫌になったり怒ったりしたら、次男は「自分は正直に言っただけなのに怒られた」と被害的に受け取ると思った。おいしくなかった時に「おいしくない」や「まずい」とストレートな表現ではなく、「ごめんね」から「あまり好きではない」とか「ちょっと苦手で」とやんわり伝えてほしいことと、時と場合によっては「おいしいよ」と言う例外があることも付け加えておいた。

そして料理をする人(お母さん)の気持ちとして「ふつうの味に作るのはむずかしいです。がんばってもふつうの味になります」と。まぁ、お料理が得意なお母さんなら頑張ったら(頑張らなくても)すごくおいしい味にできるのだろうが、私には無理なのでここは次男に理解してもらいたいことだった。

「べつに」はどう受け取られるか

「べつに」は、話しかけないでほしい時とか、不満があるけど言いたくない時とか、ハッピーでない時に口にしてしまうことが多いネガティブな言葉だと私は思っている。

次男は「ふつうの味」だったから特に言うことがなくて「べつに」と返事をした。特にこのころの次男は努めて無表情にしていた(この理由は後日、記事にしたいと思う)ので、「おいしかった?」に対して無表情の「べつに」だと「わざわざ言うほどじゃないけ不満足」や「おいしくなかった」と受け取られても仕方ない。次男の本当の気持ちが伝わらない言葉なのだと知ってほしかった。

ASDの子どもには、ていねいに対応するしかないと思っている。どこに引っかかるかはひとりひとり違う。ひとつひとつ、「自分の気持ちがちゃんと伝わる言い方にしてみよう」と代替案を示していくことが必要だと思っている。

ちょっと反省点

いま、こうして昔のノートを読み返してみると、「こうしよう」をけっこう押し付けている。もし、昔に戻れるなら、提案型の「これを試してみよう」とか「こういう言い方もあるよ」という書き方をしたと思う。

おまけ

「中国」がいっぱいある件についての説明。日本語ってややこしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました